「手伝う」じゃなくて「やる」のは、全然違う話だった
育児に参加しているつもりでいた。お風呂に入れたり、週末に公園に連れて行ったり。「うちはちゃんとやってるほうだと思う」——正直、そう思っていた時期がある。
でも実際にワンオペ育児を経験してみて、その考えは根底から覆された。「参加する」ことと「全部ひとりでまわす」ことの間には、想像をはるかに超えた差があった。
ワンオペ育児とは?改めて整理してみる
「ワンオペ育児」とは、配偶者や家族のサポートなしに、ひとりで育児・家事のすべてをこなす状態のこと。もともとは飲食業界の「ワンオペレーション(一人で店をまわすこと)」から転じた言葉だ。
近年では、パパの長時間労働や単身赴任、ママの育休中など、さまざまな家庭で起こりうる状況として広く知られるようになってきた。決して他人事ではない。
妻の出張が、僕を変えた
うちの妻は仕事柄、出張が多い時期があった。子供たちがまだ小学生だったころ、数日単位で家を空けることがざらにあった。そのたびに、3人の子供の世話は僕ひとりになる。
最初は「なんとかなるだろう」と思っていた。ところが現実は甘くなかった。朝起こして、朝ごはんを作って、弁当を詰めて、学校に送り出す。帰ってきたら宿題を見て、夕飯を作って、お風呂に入れて、寝かしつける。その合間に洗濯、掃除、翌日の準備……。
これが毎日、エンドレスで続く。「こなす」だけで精一杯で、子供たちにちゃんと向き合う余裕がなくなっていく感覚が、じわじわとつらかった。
ワンオペ育児が特につらいと感じた瞬間
実際に経験してみて、特に「きつい」と感じたタイミングがいくつかあった。
- 子供が体調を崩したとき——看病しながら仕事の調整も同時進行。ひとりでは限界を感じる瞬間だった。
- 自分が疲れているのに「もう寝たい」と言えないとき——子供が寝るまで親は終われない。逃げ場がない。
- 食事のメニューを毎日考えるとき——「今日何食べたい?」に「なんでもいい」と返ってくる地味なストレス。
- 子供のケンカの仲裁をひとりでするとき——3人兄弟のいざこざを、疲弊した状態でひとりでさばく消耗感は格別だった。
どれも「大変そう」とは知っていたことだ。でも「大変そう」と「実際に大変」は、まったく別次元の話だった。
ワンオペにならないために、今できること
ワンオペ育児は、ひとりで抱え込むほど追い詰められていく。経験者として、いくつか実感ベースでお伝えできることがある。
- 「頼む」ことを諦めない——近くに祖父母がいるなら、遠慮なく頼る。「迷惑かな」より「限界になってから頼む」ほうがずっとつらい。
- 家事の優先順位を決める——完璧にやろうとしない。「今日は掃除しない」と決めるだけで、気持ちがだいぶ楽になる。
- 子供に任せられることは任せる——うちの子たちも、経験を重ねるうちに自分でできることが増えた。小さくても、できることはやってもらう。
- パートナーと事前に段取りを決めておく——「いない間はこうする」というルールを夫婦で共有しておくと、当日のパニックが減る。
子供が成長した今も、大変さは変わらない
3人の子供たちは今、小学6年生と中学生になった。手がかかる場面は昔より減った。でも「大変さがなくなった」かというと、そうでもない。
心配の種類が変わるだけで、親の仕事は続く。勉強のこと、友人関係のこと、進路のこと——小さいころの「泣き止まない」という大変さとは違う種類の大変さが、ちゃんとある。
妻へ、そして自分の母への感謝
今となっては、妻がいてくれることのありがたさが骨身にしみてわかる。ワンオペを経験する前は「二人でやってる」つもりでいたけれど、妻が担ってきたことの量と質を、正直なめていた。ごめん、と今でも思う。
そして、自分が子供のころを振り返ると、母親がひとりでどれだけのことをやってくれていたか。あの大変さを、今ならリアルに想像できる。子供のころには気づけなかったことだ。
育児に「参加する」だけでなく、「ともに担う」という感覚を持てるようになったのは、ワンオペという経験があったからだと思っている。しんどかったけれど、あの日々は間違いなく自分を変えてくれた。
子供たちの顔を見るたびに、「この子たちのためなら、またやれる」と思える。それが一番の支えだった。
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子育てパパ.com編集部
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