「育児が大変」って、頭では分かってたつもりだった
子供が生まれる前、「育児は大変だよ」と周りから散々言われていた。でも正直なところ、「まあ、なんとかなるだろう」くらいに思っていた。育児本も読んだし、ある程度の覚悟はしていたつもりだった。
でも、実際に子供が生まれて、妻が仕事で出張に出るようになって、ワンオペで3人の子供の世話をするようになってから、やっと分かった。「知っている」と「やってみる」は、まったく別の話だと。
育児の大変さ①「終わりがない」という消耗感
育児で最初に感じた大変さは、「作業が終わらない」ことだった。ご飯を作って食べさせて片付けたら、次はお風呂。お風呂が終わったら寝かしつけ。寝かしつけが終わってやっと一息ついたら、翌朝にはまた洗濯・朝食・学校の準備が始まる。
仕事なら「今日はここまで」と区切れる。でも育児には「今日の分が終わった」という感覚がほとんどない。その終わりのなさが、じわじわと体力と気力を削っていく。
育児の大変さ②「自分のペース」が完全に崩れる
子供の都合は、こちらの都合を一切考えてくれない。夕飯を作っている最中に「おなかすいた」と泣く。洗濯物を干し終わった直後に「牛乳こぼした」と言ってくる。集中したいときに限って「パパー!」と呼ばれる。
これが1回2回なら笑える。でも毎日、何度も続くと、精神的にじわじわくる。自分のペースで動けないストレスは、やってみるまで想像以上だった。
育児の大変さ③「感情のコントロール」が難しい
疲れているとき、余裕がないとき、子供に対してきつい言い方をしてしまうことがある。後から「あんな言い方しなくてもよかった」と自己嫌悪になる。そういう繰り返しが、育児のしんどさの一つだと思う。
特に印象的だったのは、長男がまだ小学校低学年の頃のこと。宿題を見てあげながら夕飯の準備も同時にしていて、余裕がなくてつい怒鳴ってしまった。しばらくして長男が「パパ、怒ってる?」と静かに聞いてきたとき、ハッとした。子供は親の顔色を見ている。感情のコントロールは、育児の中でも一番難しいスキルだと今でも思う。
育児の大変さは「種類」が変わっていく
子供が小さいうちは、体力的な大変さが中心になる。でも子供が成長するにつれ、大変さの中身が変わってくる。
- 0〜3歳:夜泣き・授乳・オムツなど体力消耗が大きい
- 小学校低学年:宿題・習い事の送り迎え・友達関係のフォロー
- 小学校高学年〜中学生:反抗期・進路の悩み・距離感の難しさ
今、上の子たちは中学生と小学6年生になった。手がかかる場面は減ったけれど、「楽になった」とは少し違う。関わり方が変わっただけで、親としての心配や悩みは形を変えて続いている。
育児を「一人でやる」のはやっぱり無理がある
妻が出張で不在のとき、3人分の食事・洗濯・学校の準備をすべて一人でこなす日々を経験して、改めて思ったことがある。「これを毎日やっていた妻は、本当にすごい」ということ。
育児は、誰かがやってくれていると「なんとかなっているもの」に見える。でも実際に自分がやる側になると、その大変さの全貌が見えてくる。見えていなかったのは、単純に自分が気づいていなかっただけだった。
自分の母親についても同じことを思う。当時は当たり前だと思っていたご飯や洗濯や送り迎えが、どれだけのエネルギーで成り立っていたか。育児をやってみて、初めて実感した。
それでも、子育ては「やってよかった」と思える
大変だったことは山ほどある。でも子供が「パパありがとう」と言ってくれた瞬間、笑顔でご飯を食べている姿を見たとき、そういう場面が積み重なって今がある。
育児の大変さはリアルだし、軽く見てほしくない。でも同時に、その大変さの中にしかない瞬間がある。子供の成長は、一度しか見られないものだから。
育児に積極的に関わることで、自分自身も変わってきた実感がある。それは家族への感謝だったり、自分の親への尊敬だったり。育児を「やらされるもの」じゃなく「一緒にやるもの」として関われたことは、間違いなくよかったと思っている。
—— 子育てパパ.com編集部
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